魅力たっぷり広島県三次市

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広島県三次市の鵜飼

広島県三次市の鵜飼

鵜飼は古事記や万葉集にも登場している「鵜飼」は長い歴史を誇る伝統漁法です。篝火の灯りが涼しい夜の川面を照らし、烏帽子に腰蓑装束の鵜匠が見せる熟練の手さばき。遠近に川音を聞きながら,水面で繰り広げられる鵜匠と鵜が一体となった情景を一度見てみてはいかがでしょうか。鵜飼は、潜水して魚を捕食する鵜の習性を利用して天然鮎を獲る伝統漁法。その歴史は古く、奈良時代には既に行われており、柿本人麻呂や大伴家持らも歌に詠んでいます。三次の鵜飼は戦国時代,毛利氏との戦に敗れた尼子軍の落武者が始めたとされており、後に三次藩主・浅野長治が改良を加え、現在の形に至ったといわれています。

三次鵜飼の特長

三次鵜飼の特長は、鵜匠が操る手綱が6.75mと全国で一番長く、広範囲でダイナミックな鵜の狩りが見られること、また鵜匠が前船頭も兼ね、一度に8羽もの鵜を統率することにあります。鵜が鮎を捕える瞬間を逃さず船の行く手にも留意する、脈々と受け継がれた伝統技は、回遊式と呼ばれる鵜船と遊覧船が並走する方法で間近に見ることができます。また、友好都市・中国四川省から贈られた他では見ない珍しい白い鵜も活躍しており、夏の夜の暗さとの対比が趣を深くしています。

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三次鵜飼あれこれ

三次鵜飼は6~8月、馬洗川に広がる時代絵巻ともいえます。鵜匠と鵜が一体となった漁を間近に見ることができます。巴橋のライトアップと相まって、質素な中に趣の深い光景が現出します。四川省から贈られた白い鵜。一瞬のうちに捕える鵜飼の鮎は、鮮度が保たれ美味しいといわれています。

鵜飼について

鵜飼・鵜養(うかい)は、鵜(ウ)を使ってアユなどを獲る中国、日本などで行われている漁業の方法です。日本の鵜飼は、岐阜県、愛知県、京都府、愛媛県、大分県、福岡県など11府県、13箇所で行われている伝統的な漁法です。ヨーロッパでは16世紀から17世紀の間、スポーツとして行われたそうです。

鵜匠

鵜飼漁をする人を鵜使いまたは鵜匠(うしょう・うじょう)と呼びます。その装束は風折烏帽子、漁服、胸あて、腰蓑を身に着けています。

鵜匠の仕事さばき

鵜匠は鵜の鮎を呑んだ瞬間手応えですぐに悟って、ただちに引き上げ、吐籠に吐かせます。豊漁の際には全部の鵜が一時に鮎を呑むこともありますが、鵜匠は少しの遅れもなく、素早く取りさばきます。鵜匠はその素早い動きの中で篝の薪を添え、あるいは舟の進退に注意し、ひと呼吸の油断もありません。

鵜飼の漁期

漁期はおおむね晩春から初秋にかけてであり、鮎漁の解禁日にあわせて漁が始まることが多いです。鵜飼は通常5月半ばから10月半ばまでの満月の日以外に行われます。満月の日に行われないのは、かがり火に集まってくるアユが月明かりに惑わされるのを防ぐためです。

鵜飼の漁期と準備

鮎は立春後およそ50日を経れば、やや成長し海口から河川の淡水にのぼりはじめ、5月になれば3寸くらいに成長します。鵜飼各戸はこれより前に準備しますが、鵜飼は暗夜にかぎる漁法であるから、月夜を嫌い、上弦の夜は月入後、下弦の夜は月出前、上流から下流へ漁して下ります。鵜飼舟は毎夜12艘が二手に分かれて漁をしますが、搦みと呼ばれる連合し漁陣を張り、一斉漁業することもあります。

ウについて

鵜飼いに使われるウはウミウであり、和歌山県有田市と島根県益田市を除く全国11か所すべての鵜飼は、茨城県日立市(旧十王町)の伊師浜海岸で捕獲されたウミウを使用しています。ウミウの捕獲は、春と秋の年2回、鳥屋(とや)と呼ばれる海岸壁に設置されたコモ掛けの小屋で行われます。鳥屋の周りに放した囮のウミウにつられて近寄ってきたところを、鳥屋の中からかぎ棒と呼ばれる篠竹の先にかぎ針を付けた道具を出し,ウミウの足首を引っかけて鳥屋に引きずり込み捕らえます。また、天然記念物として保護されているカワウですが、愛知・岐阜では大量のカワウによる鮎の食害が深刻化しており、岐阜県では有害鳥獣として少数だが駆除が認められています。

ウの数

鵜飼の漁に用いるウの数は各地の鵜飼漁の規模や漁法によって異なります。例えば、徒歩鵜では鵜匠ごとに1羽ないし極数羽のウを操りますが、小船を用いた一般的な鵜飼においては、1人の鵜匠が5羽から10羽程度のウを一度に操ります。

漁法

鵜飼では、平底の小船の舳先で焚かれるかがり火が、照明のほかにアユを驚かせる役割を担っています。かがり火の光に驚き、動きが活発になったアユは、鱗がかがり火の光に反射することでウに捕えられます。ウののどには紐が巻かれていて、ある大きさ以上のアユは完全に飲み込むことができなくなっていて、鵜匠はそれを吐き出させて漁獲とします。紐の巻き加減によって漁獲するアユの大きさを決め、それより小さいアユはウの胃に入るのです。しかし、鵜飼いの鵜にいつものどに紐をまいて漁をしていると鵜はだんだんやる気をなくしていってしまいます。そのため、鵜匠は鵜にも休暇を与えることがあります。

鵜飼船

鵜飼舟は長さ7間8寸、敷6間、幅中央3尺4寸、深さ1尺6寸5分。棹は艫乗りの使うものは長さ1丈5尺(艫棹)、中乗の使うものは長さ8尺5寸(中棹)。楫は艫楫の長さ7尺5寸、中楫の長さ6尺2寸。帆は長さ1丈2尺5寸、幅9尺5寸。檣は長さ1丈6尺5寸。ただし帆と檣は上流へさかのぼるときに用いるだけで、鵜飼と直接の関係はありません。鵜飼舟1隻には鵜匠1人、中乗1人、艫乗2人、計4人が乗り組み、鵜匠は舳で12羽の鵜をつかい、中乗は中央で4羽の鵜をつかい、艫乗は艫で舟の進退旋回の任にあたります。

道具

鵜籠
鵜の運搬具で、幅3分の割竹で、縦1筋、横2筋、方1寸くらいの籠目に編みつくり、檜の4分板で蓋とします。籠中央に縦に仕切りをもうけ、一方に2羽ずつ4羽の鵜をいれます。
留籠
使用後の鵜を1籠に2羽ずついれて鳥部屋に置くもので、製法は、鵜籠と同様です。
手縄
鵜をむすぶ縄で、檜の繊維を撚りあわせたもので、長さ1丈。縄の端に鯨でつくった「ツモソ」という長さ1尺2寸の紐を付け、その末を島田にまげて鵜をつなぎます。
吐籠
鵜の呑んだ鮎を吐出させる竹籠で、口径1尺3寸、深さ1尺2寸5分。
諸蓋
鮎を盛る器で、横7寸2分、縦1尺2寸、深さ1寸5分の檜製の盆。
松敷
篝用の薪を置く台であり、大小2個あります。
鉄製で、火籠の深さ1尺、底径6寸、口径1尺4寸、これに長さ7尺5寸の柄をそえて、舟の舳に差し出します。
松明
脂松を適宜たばねて、随時使用します。
松割り木
篝火用で、長さ1尺2寸ほどの松薪6貫匁を1束として、1艘に5束ずつそなえます。

昔の漁法

鵜は冬、南方に渡りする途中を尾張国知多半島篠島海岸で捕獲しました。捕獲法は、最初おとりとなる1羽の鵜の両眼の瞼を縫って仮に盲目とします。これを海上に露出する巌頭に置き、付近に黐ハゴを装置し、これに近づく渡りの鵜を捕まえるのです。これは島鵜とよんで、普通の鵜よりもやや大きく、身長約2尺、頸長8寸から9寸、体重650匁から860匁になります。捕まえた鵜も瞼を仮縫いして使用地まではこび、風切羽5,6枚を半ばから切り取り、縄付きで泳がせ、だんだん訓練します。使用年限はたいてい12年から13年間でした。

鵜飼漁法いろいろ

島根県益田市の高津川で行われている鵜飼は、日本で唯一の「放し鵜飼」と呼ばれるもので、ウに手綱をつけずに漁を行います。また、この鵜飼はあくまで鵜匠の生計のための漁であり、そのスタンスは他の観光鵜飼とは異なります。乱獲防止のため、漁期は一般の鵜飼が終わる秋ごろから翌初春にかけてです。「徒歩鵜(かちう)」と呼ばれる鵜飼漁法は、山梨県笛吹市の笛吹川や和歌山県有田市の有田川で行われています。これは小船等を用いず、鵜匠が1羽ないし2羽のウを連れて直接浅瀬に入って漁をする鵜飼です。

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